人生

25歳フリーターの過去の振り返りと人生の決意

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決めました。

これから良かれ悪かれ、自分が得意で好きなことを仕事にしながら生きて行こう。

2020年4月末に高卒から6年間勤めた会社を辞めて約10ヶ月になります。この期間「自分はこれからどう生きていこうか」と、ずっと自分の中でモヤモヤしていました。
そんな中、2021年1月にストレングスファインダーを受けた後から人生の方向性が見えてきました。

ストレングスファインダーとは、アメリカのギャラップ社が開発したwebサイト上で行える才能診断テストです。177の質問に答えることで、自分の才能(強み)を知ることができます。

人生の方向性が見えてきたこの感覚を忘れない内に、今までの人生を振り返りながら自分の価値観を再認識し、その価値観をこれから自分がやろうとすること、やってみたいことと擦り合わせながら、今後の人生の方向性を決めていこうと思います。

その前に簡単に自己紹介させてください。

金承臣(きんすんしん)と申します。
現在私は、実家で生活をしながらフリーターをしています。
高校卒業後は地元の信用組合に入社しました。6年間勤めた後の2020年4月末に会社を退職。
その後は一人暮らしをしながら自分探し。そのころはバイトはせず、貯金を切り崩しながらプログラミングの勉強をしていました。貯金が尽きそうになったので実家に戻り、今に至ります。

生い立ちから振り返るので、長くなるとは思いますがお付き合いいただけると幸いです。

生い立ち

生い立ちは時期ごとに分けて振り返っていきます。

「生まれ〜幼稚園」「小学・中学時代」「高校時代」「サラリーマン6年間」「退職後〜現在」の5つに分けて振り返ります。

生まれ〜幼稚園

私は1995年8月26日に岡山で双子として生まれました。4つ上の兄、3つ上の姉、双子の私と弟の4人兄弟です。生まれる時に双子の中でも最初に出てきたのが私だったようなので、一応次男として自己紹介するようにしています。

私は高校卒業後に就職したのですが、弟は調理の専門学校に進学したということもあり社会人になったのが弟よりも早かったという理由で、家族の中でも一応次男扱いになっています。

二卵性双生児として生まれたので、幼少期はそっくりでしたが、現在は一般的な兄弟くらいよりも少し似ているくらいです。

私の家系は在日KOREAN家系です。

在日KOREANとは、戦前に定住化した朝鮮半島出身の人々及びその子孫を指す言葉です。「特別永住者」という在留資格を持っていることが多く、「在日朝鮮人」「在日韓国人」の総称として使われています。

私はその在日KOREANの4世として生まれました。家の中で日本語と少しの韓国語が飛び交う環境でした。

全国には在日KOREANが通う幼稚園と学校があります。「朝鮮学校」と言われ、聞いたことがあるという方もいるのではないでしょうか。

私は幼稚園から高校までこの朝鮮学校で学びました。

まずは幼稚園のお話をしようと思います。

当時、私が住んでいる岡山には朝鮮幼稚園は藤田と水島という地域の2つがありました。私は藤田の朝鮮幼稚園に通っていました。

幼稚園までは専用のバスが迎えにきてくれて、毎日バスに乗って幼稚園に通いました。

当時の先生がとても怖かったのを覚えています。幼稚園では日本の歌も、朝鮮の歌も習いました。挨拶なども朝鮮語で話していました。

今振り返ると、当時の私は静かであまり目立たないタイプだったと思います。いつも弟と二人で遊んでいました。

兄の影響もあり3歳の頃からゲームボーイで遊んでいました。ポケモン緑とモンスターレースをよくプレイしていた記憶があります。この頃からゲームで遊んでいたので、今でもゲームは大好きです。

小学・中学時代

小学校になると同時に、岡山で2つあった朝鮮学校は学生数の減少に伴い1つに統合されました。

朝鮮学校は当時の全校生徒数が小中合わせて130人くらでした。私の代は特に少なく、1年生に入学した時のクラスは9人(男3、女6)でした。

2年生の頃には唯一の男友達が引っ越しのためいなくなり、中学卒業までは男友達が弟だけでした。中学を卒業した時の私のクラスは6人(男2、女4)でした。

4年生から部活動が始まるのですが、男子は部活がサッカーしかありません。中学もサッカーしかありません。部活動は原則かならず1つ選ばないといけないので、男子は強制的にサッカーをすることになります。私はこのサッカーが大嫌いでした。

私は体も細くて小さく、特別運動能力が高いわけでもサッカーが上手いわけでもありません。私が6年生と中学3年生の代は部員が6人しかいないので試合もできませんでした。

一番きつかったのは4年生の時の雑用です。部活での雑用は4年生が全てすることになっていたのですが、私の代は私と弟しかいません。

今思えばよく頑張っていたなと思うのですが、当時は真面目に育っていたので嫌々言いながら2人で雑用を全てこなしていました。放課後の練習が始まる前までに運動場のトンボをすべてかけないといけなかったので、授業の間の休憩時間はほとんどトンボをしていました。

苦手で好きでもないサッカーを続けた経験、きつい雑用を2人でこなしていったこの経験が、自分の価値観形成に大きく影響していると思います。

この時代は唯一の男友達であり、双子の兄弟でもある弟とよく遊びました。

ポケモン、遊戯王、デュエルマスターズ、モンハン、スマブラなどのゲームや漫画、娯楽は全て2人で遊びました。家でも学校でも2人でその話ばかりしていました。

部活動などの辛い時間は2人で耐え、楽しい時間は一緒に楽しむ。弟よりも一緒に過ごした時間が多い人は25歳になった今になってもいません。この濃密な関係も自分の価値観を形成する要素になっていると思います。

高校時代

高校は広島にある広島朝鮮高校に通いました。中四国地方で朝鮮高校はここにしかありません。

高校3年間は寮生活をしました。

サッカーが嫌いだったので新しい部活を始めようと思っていました。男子は吹奏楽、サッカー、空手の3つから選ぶ必要がありました。

高校になって男の同級生が増えたのですが、その同級生にどの部活にするか聞くと困ったことにサッカー部に入るという子が多かったのです。

私はサッカーは嫌いでしたが、同級生がたくさんいればサッカーも楽しくなるだろうし、雑用も楽だろうと考えサッカー部に入部しました。

相変わらず体も細く下手くそだったのでサッカー事態は好きになれませんでしたが、気の合う仲間達とするサッカーは楽しかったです。

弟は専門学校に行くお金を貯める為に、部活に入らず3年間をバイトに捧げていました。私は部活、弟はバイトという過ごし方になったので、人生で初めてそれぞれが違うことをするようになったのも高校時代からです。

高校時代はサッカーの記憶が強烈に残っています。理不尽に走らされたり、練習が1週間大縄跳びになったこともありました。走らされすぎて吐いたことが2回ありました。

高校時代の経験から、仲間の大切さや理不尽を学びました。ストレス耐性はかなり付いたと思います。

サラリーマン6年間

高校時代はサッカーしかしていなかったので、将来のことは何も考えていませんでした。大学にまで行ってやりたいこともなかったので、漠然と就職するつもりでした。

そこで学校と繋がりのある、在日KOREAN系の信用組合に入社することにしました。

この会社に就職を決めた理由は、①父が過去に20年ほどこの信用組合で働いていたので、その時にどんな経験をしたのか知りたかったこと。②生きるためにお金を稼ぐ必要があったこと。③金融機関なので、社会勉強として将来役にたつかもしれないとなんとなく思ったからでした。

1〜2年目は預金係として窓口での受付をしたり、事務作業を担当していました。入社当初は常識が本当に分からずたくさん怒られました。
「妻」と「奥さん」の使い方が分からず、お客様(通帳名義の夫)に「この通帳は妻のですか?」なんて言っていました。

今振り返ると、本当にバカな事を言っていたなぁと恐ろしくなります。

3年目からは渉外係として営業を担当しました。内容としては主にルート営業で、毎月決まったお客様に会いに行き、お店の売上金を入金したり、振込を預かったり、税金の支払いを預かったり、両替を持って行ったり、ローンの相談や定期預金としてお金を預かったりしていました。

ノルマとして預金を○億円集めたり、融資を○億円実行するなどがありましたが、私はセールスが得意ではなかったので毎年とても苦戦していました。

そんな中、働いて行くうちに自分の心の中で違和感が出てきました。その違和感とは「自分は何の為に働いているのか?」ということです。

何の為に働いているのか

【会社の為に働く。】
入社当初はこの考えで仕事をしていました。会社の期待に答える為に仕事をする。与えられたノルマを達成するために考え工夫をする。会社の為に働いて評価された分だけ役職が上がるチャンスが増え、そのチャンスを物にすることで給与が増えて行く。給与が増えると自分意外を養うことができるので、家族を持つことができ自分の幸せに繋がっていく。そう思っていました。

しかし、会社の評価が低い人でも年功で役職が上がっていく上司を見て、会社の為に働かなくても役職が自動で上がっていくならば「会社の為に働く」とは何なのかが分からなくなってしまいました。働かなくても給与が増える。会社の仕組み上、年功序列文化だったのでしょうがないのですが私はそれが幸せだとは思えませんでした。

【お客様のために働く。】
次に私はお客様の為に働こうと考えました。しかし、会社にサラリーマンとして働く以上は会社のサービスを売らなければなりません。会社のサービス自体はとても良いのですが、私はもっとお客様に喜んでもらいたいと感じていました。

自分基準での「お客様のため」が自社サービスを提供するだけでは満足できなくなってしまっていました。

このような悩みと葛藤があり、今の会社では自分の心を満たすことはできないと感じ退職を決意しました。

退職後〜現在

退職後は安い賃貸マンションを借りて、これからどうするかを考えていました。心が疲れていたので、1年は自分に時間を捧げようと決めていました。

最初の3ヶ月くらいは自己啓発系の本を読んでみたり、本の内容を実践してみてノートに自分のことを書いたりしていました。

Amazonプライムで観たかった映画やアニメを観て、大好きなゲームをして遊んでいました。

仕事での悩みや葛藤、ストレスから開放されたのではじめは良かったのですが、日が経つごとにこれからどうやって生きていこうか悩むようになりました。

自分のできる事といえば、上司の指示を聞き会社のノルマを達成することだけでした。手に職がある訳でも、他より優れた特別な能力がある訳でもありません。

時には急に怖くなり、不安な気持ちが押し寄せて何も手がつかず1日がただ終わるということもありました。

どうにかしなければと考える中で「不安な気持ちになるのは自分に個人で稼ぐ力がないからだ」と考えました。

手に職が付けば会社に頼らなくてもお金を稼げる。できることが増えればそれが自分の自信に繋がり、不安は無くなると思ったのです。

転職活動

サラリーマン時代に通っていたプログラミングスクールにもう一度申し込み、プログラミングを改めて勉強しました。同じ内容でしたが、2回目でも難しいなと感じました。

そのスクールを卒業する頃は仕事を辞めて半年が経っていましたが、まだ自分で稼いで生活できるようなイメージは持てていませんでした。
彼女や家族からは、「仕事は決まった?」「いつから就職するの?」「早く働いて安定してほしい」と心配する声が増えてきました。

自分も周りを早く安心させたいという気持ちがあったので、せっかくプログラミングを勉強したからweb系の会社に就職しようと考えました。

とりあえず今作れるレベルのポートフォリオを作成し、40件ほどweb系の求人に応募をしました。しかし結果はほとんど書類選考落ち。1件だけオンライン面接を受けましたが、ブラックな雰囲気が漂っていたのでお断りしました。

未経験からIT系は難しいなと諦めていた時に、知り合いの紹介で「証券会社がIT人材を募集しているから話を聞いてみてはどうか」との話がありました。

さっそく話を聞いてみると、事務効率化のために社内でRPA技術を導入するから、その責任者としての人材を探しているとのことでした。RPAに関しては言葉だけ聞いたことがあるレベルでまったくの素人でしたが、早く周りを安心させたいという思いから面接を受けることにしました。

結果から言うと不採用。理由は自分が一番分かっています。

面接官「責任者としてRPA技術を導入するメリットを役員にしっかり説明できる自信はありますか?」

私は自信をもって「はい!できます!やらせてください!」と即答できなかったのです。

なぜなら、その質問の前に私の前職も金融機関であったことから、金融機関の役員はお堅い人が多いという話でお互いに共感した後だったので、ただでさえRPA技術についてど素人なのに、それを前の職場のお堅い人達と重ねながら説明する場面を想像すると、ウソでも「できます!」とは言えませんでした。

細胞レベルで不可能だと思ってしまったのです。そう思ってしまったんだからどうしようもありません。

面接を受ける前は分からなかったのですが面接を受けてみて気づいたことがあります。それは、私の本心はそこで働きたくなかったという事です。

ストレングスファインダーとの出会い

転職活動を再開し、今度は企業に直接応募しようと考えていた時に自分の中で違和感が出てきました。

「自分は安定したいがために就職するのか?」「安定するためなら前の会社でも良かったのでは?」「家族や彼女を安心させるために就職するのか?」「プログラミングを学んだからIT系に就職するのか?」「IT系を仕事にしてその後は?」「そこでキャリアを積んでその後は?」「仮にそれなりの収入を手に入れ安定したら満足か?」「自分は何を望んでいるのか?」「自分はどうしたいんだ?

モヤモヤが出ると自分の中で答えを出さないと行動できない性格です。このモヤモヤを解決するためには自分をもっと知る必要があると考えました。

そこでストレングスファインダーを受けてみる事にしました。

私の資質の順位はこのように出ました

①個別化
②共感性
③最上志向
④分析思考
⑤慎重さ

そのまま受けるだけではよく分からなかったので、ギャラップ認定ストレングスコーチの読み込みを受けました。

90分間読み込みをしてもらった内容をざっくりまとめるとこんな感じでした。

・人それぞれの違いや特徴を見抜く事が得意
・周囲の人の気持ちや感情に敏感に察知する
・苦手な弱みよりも、得意な強みを伸ばしたいと目を向ける
・感情に左右されず論理的な思考で物事を説明できる
・しっかり準備をして物事に臨む面がある

他にももっといろんな角度からの読み込みがありましたが、大きく印象に残っているものを上げるとこのようになりました。

ストレングスファインダーの結果をもとに第三者から自分について分析してもらうと、自分では当たり前すぎて気にもしていなかった部分について知ることができたりと、一人で自己分析をしていた時とは違う視点や角度から自分を客観的に分析することができたので、自分についての視野が広がったように感じました。

このストレングスファインダーの読み込みは、モヤモヤの原因を解消する要素としてとても参考になりました。

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ストレングスファインダーを受けてストレングスコーチに読込をしてもらいました!こんにちはスンシンです。 2021年1月にストレングスファインダーを受けてストレングスコーチに読み込みをしてもらいました。 ...

モヤモヤの原因

ギャラップ認定ストレングスコーチという肩書きの方に読み込みをしてもらったのですが、スポーツでもないのに「コーチ」と書いてあったのを不思議に思ったので調べてみると、世の中には「コーチング」というサービスがあることをこの時初めて知りました。

そしてコーチングを仕事にして生きている人がいる。コーチングでもいろんなコーチングがあること知り、その中でもライフコーチングというものに出会いました。

ライフコーチングを調べるうちに、「これは自分が理想とする生き方に最も近い!」「こんな仕事をしたい!こんな生き方がしたい!」と思うようになりました。自分の中でビビッと直感しました。

そうこうしている内に、web業界に就職するという考えは頭から消え、モヤモヤも解消されていました。

モヤモヤの原因は何だったのかを考えてみると「自分の本当の望みを自分自信が知らない」ことにより、「自分の望みを叶えるための自分の人生」が、無意識のうちに「他人の望みを叶えるための他人の人生」にすり替わっていたことに気づけなかったことだと思いました。

「早く就職して、家族や彼女を安心させたい」これが自分の本当の望みだと無意識に思い込んでいたのです。
私の本当の望みは「自分の心を満たしたうえで、家族や彼女を安心させたい」だったのです。

ストレングスファインダーを受け、さらに自分を振り返る事によりどうすれば自分の心が満たされるのかが分かってきました。

私は「自分が得意で好きな事を極めたい。自分が苦手で嫌いな土俵には立ちたくない」という価値観を大事にしているようです。

自分がどういう人間なのかが分かってきたことで、自分の向かいたい人生の方向性が見えてきたのだと思います。

この経験から、これからは「自分が得意で好きな事を仕事にしながら生きていこう。その手段としてコーチングを習得しよう。」こう思うようになっていました。

そして今このブログを書いています。

生い立ちまとめ

振り返ってみると、自分はずっと苦手な事に取り組んでいたのだなと思いました。自分が得意なことをした経験や得意な事での成功体験の記憶がほとんどありません。

学生時代は苦手なサッカーをする時間が多かったですし、社会人で働き始めてからは苦手なセールスをする時間が多かったです。

過去を振り返る事で自分の苦手な分野を知る事もできましが、逆に得意だった分野も知る事ができました。

単純作業は当たり前にできますし、当時は自覚がありませんでしたが人間観察が得意だったようなので人間関係での問題はほとんどありませんでした。

他に気づいた点としては、中学までは男友達が弟しかおらずしかも双子なので、ずっと比較されて生きてきていたなと思いました。

過去の経験や出来事、その時に自分がどう感じたのかを思い返すと自分がどんな人間なのかが分かってきました。新しい気づきもたくさんあり、意外と自分の事を知らなかったんだなと思いました。

価値観の変化

2020年4月末に仕事を辞めて現在に至るこの10ヶ月間ほど、自分について考え、時間を捧げ、悩み、葛藤した経験は今までの人生でありませんでした。

振り返ると、今までの人生は「他人の期待に答え続ける人生」でした。

自分を抑え、隠し、偽り、殺し、それが相手の為になり自分の為にもなると信じ続けた人生。幼い頃の経験から自然とそう育って、無意識にそれが自分の世界になっていました。今まではそれが幸せだったのです。

「他人の期待に答え続ける人生」が良いとか悪いとかを言っているのではありません。

その世界に違和感を覚えずそのまま信じ続けていれば、こんなに悩んで苦しむこともなかったでしょう。しかし違和感を覚えてしまった。その世界を信じられなくなってしまったのだからしょうがありません。

これからは今までとは違う人生になるというだけです。

価値観が変化したというよりは、自分の価値観に気づいたという方が正しいのかもしれません。本当の自分はそこにいたのに、他人の期待に答えようとするあまり自分を見ようとせず、他人の価値観を信じて自分を見失っていたのだと思います。

このブログを書きながら、自分が一番大事にしている価値観を知ることができました。

私が一番大事にしている価値観は「個性」です。

その人の個性が発揮されている姿が、人としてとても美しいと感じます。

今書きながら思ったのですが、自分が尊敬している先輩達の共通点はそれぞれの個性(強み)が活かされていました。そして全員が自分のその強みを自覚している人達でした。

これからの自分の行動

最近の目標であったweb制作会社に就職することはもう辞めます。

新しい目標は、「コーチングを習得して仕事にする」です。

今年中にはコーチングで飯が食えるくらいにはしたいと考えています。

申し込みはすでに完了しているのですが、4月からコーチングをオンラインで半年間勉強します。その間は実家を拠点にバイトで生活する予定です。

個人で営業することになるので、SNSやブログを使ったマーケティングも勉強しながら実践していこうと思います。

最後に

自分の思考を整理するためにもこのブログを書きました。書きながら自分についてもさらに理解が深まりましたし、自分がこれから進む生き方が自分にとって間違っていないと確信することができました。

自分自身を知り、自分の望みを知り、自分で思考し行動する。自分の価値観を握りしめ、自分の強みを自覚し、自分の潜在能力を十分にに発揮することができれば、それはとても幸せな人生だと思います。

今日からできる事を少しずつでも行動していって、理想の人生を歩んでいこうと思います。

これから良かれ悪かれ、自分が得意で好きなことを仕事にしながら生きて行こう。

稚拙な文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

これからも陰でそっと見守っていただけると幸いです。